アシックスのメタスピードシリーズは、ランナーの個別スタイルに合わせた設計を追求したレーシングシューズの象徴だ。本レビューでは、シリーズの最新作であるメタスピード レイに焦点を当て、その軽量性とパフォーマンスを科学的な視点から検証する。このシューズは、エリートランナーのフィードバックを基に開発され、速さを求めるアスリートに新たな選択肢を提供する。軽快な走りを支える革新的な素材と構造が、どのように長距離レースを変えるかを探る。
概要
メタスピード レイは、アシックスのメタスピードシリーズの頂点に位置づけられるレーシングシューズだ。製品名の「レイ」は、英語で速く伸びる光を意味し、日本語ではゼロを表す借用語として軽量さを象徴する。このシリーズ全体の哲学は、ランナーごとに異なる走法を尊重し、最適なシューズを提供することにある。2020年東京オリンピックのマラソン銅メダリストであるベルギーのバシール・アブディが開発に関与し、多くのエリートランナーの声を反映した科学的設計が特徴だ。他ブランドのレーシングシューズとは異なり、個人のランニングスタイルに適合することを最大の差別化点とする。アシックスは大衆ブランドとして、こうしたカスタマイズ戦略をメタスピードシリーズに凝縮している。このアプローチは、ランナーの多様なニーズに応え、競争力の高い製品を生み出している。
ミッドソールの技術
メタスピード レイのミッドソールには、新開発のFF LEAPフォームが全面的に採用されている。このフォームは、超軽量(ULTRA LIGHT)、極めて柔らかい(SOFT)、優れたエネルギーリターン(ENERGY RETURN)の3つの特性を兼ね備える。以前のメタスピード エッジ トーキョーやスカイ トーキョーでは部分的に使用されていたが、本モデルではミッドソール全体に適用され、軽さと反発力を最大化する。スタックハイトは後足部39.5mm、前足部34.5mmで、オフセットは5mmだ。この構造は、FF LEAPの優れた圧縮性を活かしたロッカー形状を採用し、設計上の5mmドロップを超えるダイナミックなドロップを生み出す。これをアシックスはダイナミック ドロップ ストラクチャーと呼ぶ。結果として、推進力が強化され、速いペースでの走行効率が向上する。また、フルレングスのカーボンプレートではなく、シューズ全体の半分程度の最小限で軽量なカーボンプレートをミッドソールの中央に配置。これにより、重量を抑えつつ必要な剛性を確保している。この設計は、フォアフットランナーを対象とし、柔軟さと安定性のバランスを追求したものだ。
- スペック:
- スタックハイト: 後足部 39.5mm、前足部 34.5mm
- ドロップ: 5mm
- ミッドソール素材: FF LEAPフォーム(全面)
- カーボンプレート: 半長軽量タイプ、中央配置
- 重量: 130g(27cm、US9)
ランニング体験とフィット感
実際に履いて走行テストを行った結果、メタスピード レイの感触は、ペースによって大きく変化する。ウォームアップ時のジョギングペース(5分40秒/km程度)では、FF LEAPフォームの柔らかさが際立ち、足裏に沈み込むような快適さを感じる。しかし、ペースを上げて3分20秒/kmのインターバルに移行すると、接地時間が短くなるためフォームの圧縮が抑えられ、硬さと反発力が強調される。この変容は、サッカニー エンドルフィン エリート 2のインクレディラン フォームに似ており、ゆっくり走ると柔らかく揺れやすいが、速く走ると安定感が増す。フォアフットやミッドフット走法のランナーには特に適し、ロッカー形状が自然なローリングを促進する。アッパーのフィット感も優れており、フランスの高性能テキスタイルブランドMATRYX®の超軽量織りメッシュを使用。細い糸で作られた素材は軽さを優先しつつ、耐久性を保つ。タンは薄いフェイクスエードでパディングなしのため、紐締め時に折れを防ぐ注意が必要だ。カラー内側にもパディングを最小限に抑え、パターン設計で踵のフィットを確保。全体として、エリート向けのレーシングシューズらしい一体感を提供するが、ゆっくりした歩行では揺れが負担になる可能性がある。
- 特徴:
- アッパー: MATRYX®超軽量メッシュ、軽量ながら強度高
- タン: 薄型フェイクスエード、片側固定
- カラー: パディング最小、パターン設計でフィット
- インソール: 厚めFF LEAP風素材、柔らかく反発性あり
- シューレース: 細幅、突起付きで解けにくい
良い点とデメリット
メタスピード レイの強みは、軽量さと反発力の融合にある。130gという軽さは、フルマラソンでの負担を軽減し、FF LEAPのエネルギーリターンが速いペースを維持しやすくする。ロッカー形状の推進力は、フォアフットランナーに自然な加速を提供し、テストでは3分30秒/kmペースが軽く感じられた。また、アッパーの軽量メッシュは通気性を高め、長距離での快適さを支える。アウトソールのアシックスグリップは、ウェット路面でも優れた接地感を発揮し、前足部に集中配置することで軽量化を図っている。
良い点:
- 超軽量設計でレース中の疲労を最小化
- FF LEAPフォームの優れた反発力と柔軟性
- ダイナミック ドロップ ストラクチャーによる推進力向上
- 耐久性のある軽量アッパー素材
- フォアフット走法に最適化された安定感
一方で、デメリットも存在する。ゆっくりペースでの不安定さは、初心者や踵着地ランナーには不向きだ。タンの薄さが紐締め時の注意を要し、日常使いには適さない。また、インソールの厚さが柔らかさを増すが、硬い路面での耐久性が懸念される。
悪い点:
- 低速時(6-7分/km)の揺れと不安定さ
- タンの折れやすさによる潜在的な不快
- 日常歩行やジョギング向きでない専門性
- 踵カウンターの柔らかさで一部のフィット不足
競合モデルとの比較
メタスピード レイを理解するため、他モデルとの比較は不可欠だ。まず、アディダス アディゼロ アディオス プロ エボ 2との対比では、両者とも超軽量レーシングシューズとして競う。メタスピード レイのFF LEAPは低速時柔らかく、高速時硬くなる特性を持ち、アディオス プロ エボ 2のライトストライク プロ エボは逆で低速時硬く高速時柔らかくなる。この違いは、ランナーのペース帯によって選択を変えるポイントだ。
| 項目 | メタスピード レイ | アディゼロ アディオス プロ エボ 2 |
|---|---|---|
| 重量 | 130g | 138g |
| スタックハイト | 後足部39.5mm、前足部34.5mm | 後足部39mm、前足部36mm |
| ドロップ | 5mm | 3mm |
| 主な技術 | FF LEAPフォーム、半長カーボン | ライトストライク プロ エボ、フルカーボン |
| 特徴 | 柔らかく反発性高、フォアフット向き | 硬めで高速時変容、軽量推進力 |
| 弱点 | 低速時不安定 | 低速時硬く不快 |
次に、メタスピード エッジ トーキョーとスカイ トーキョーとの比較。これらはデュアル構造のミッドソール(FF LEAPとFF TURBO+の組み合わせ)に対し、レイはFF LEAP単一。重量差が約30gあり、レイの軽さがレース優位性を生む。
| モデル | 特徴 | 弱点 |
|---|---|---|
| メタスピード エッジ トーキョー | デュアルフォームでバランス、ストライドスタイル最適 | 重量185gでやや重め |
| メタスピード スカイ トーキョー | デュアルフォームで反発重視、ケイデンススタイル最適 | 重量183g、レイより推進力控えめ |
| メタスピード レイ | FF LEAP全面、超軽量130g、フォアフット推進 | 低速不安定、タン管理必要 |
最後に、サッカニー エンドルフィン エリート 2との類似点。両者のフォーム感触が近く、柔らかさと反発が共通するが、レイの軽さ(130g vs 204g)が差別化要因だ。
| 項目 | メタスピード レイ | エンドルフィン エリート 2 |
|---|---|---|
| 重量 | 130g | 204g |
| スタックハイト | 後足部39.5mm、前足部34.5mm | 後足部39.5mm、前足部31.5mm |
| ドロップ | 5mm | 8mm |
| 主な技術 | FF LEAPフォーム | インクレディラン フォーム |
| 特徴 | 超軽量、柔らか反発 | 柔らかく安定、代替選択肢 |
| 弱点 | 低速揺れ | 重量重め |
改善点の提案
メタスピード レイの潜在力をさらに引き出すため、いくつかの改善点を挙げる。まず、タンの構造を強化し、折れを防ぐメッシュ固定を追加。これにより、レース前の調整負担を減らせる。次に、踵カウンターの硬さを微調整し、低速時の安定を向上。パディングを最小限追加すれば、日常トレーニングへの適応性が高まる。また、アウトソールのグリップエリアを後足部に少し拡大し、多様な路面対応を強化。インソールの滑り止めを全面化すれば、長距離での快適さが向上する。最後に、サイズバリエーションを増やし、幅広い足型に対応。これらの変更は、レイの軽量哲学を損なわず、エリート以外のランナーにも門戸を開く。
- 改善点:
- タン固定の強化で紐締め簡易化
- 踵カウンターの微硬化で安定向上
- アウトソール後足部拡張で汎用性
- インソール全面滑り止め
- 足型対応のサイズ拡大
将来の展望
メタスピード レイは、アシックスのイノベーションを体現し、ランニングシューズの軽量化トレンドを加速させる。FF LEAPのような素材進化は、他ブランドの競争を促し、業界全体の性能向上につながる。エリートランナー向けの専門性が高いため、将来的には一般向けバリエーションの開発が期待される。このシューズは、速さと快適の境界を探る好例であり、ランナーが自身のスタイルを再考するきっかけを提供する。
メタスピード レイは、軽量レーシングの新基準を設け、エリートランナーに推奨される。柔らかいフォームの特性を活かせば、フルマラソンでの記録更新が可能だ。しかし、ペースや走法に依存するため、事前のテストが不可欠。業界として、こうしたパーソナライズド設計は、ランニングの多様性を尊重し、持続可能な進化を約束する。ランナーは、このシューズを通じて自身の限界を試す価値がある。
参考資料