マウントトゥコースト H1は、典型的なロード・トゥ・トレイルのハイブリッドカテゴリーに属しながら、明確にロード寄りの設計思想を持つデイリートレーナーだ。70%ロード、30%ライトトレイルやグラベルという使い方を前提に開発されており、決してオールマウンテン志向のトレイルシューズを装うことはない。そのポジショニングが逆に、現代のランナーが最も多く走る現実的なシーンに完璧にマッチしている。Circle Cellスーパークリティカルフォームの驚異的な耐久性とサステナビリティ、そして軽量で反発性の高いライドが融合し、ハイブリッドシューズの新しい基準を提示している。
基本スペック
- 重量:242g(メンズUS9 / 27cm相当、公式値)
- スタックハイト:ヒール35mm / 前足部29mm
- ドロップ:6mm
- ラグ深さ:2mm(VersaGripアウトソール全面カバー)
- ミッドソール:100%再生可能由来 Circle Cell スーパークリティカルフォーム(窒素注入)
- アッパー:ケブラー補強ロワー+リサイクル素材含有ジャカードメッシュ(360°反射材付き)
- その他:TUNEDFITデュアルレーシングシステム、ゲイターループ付き
カテゴリー内では明らかに軽量側に位置し、最近の高スタックトレーナーが9oz(255g)を超えることが当たり前になっている中で、242gという数値は際立っている。スタックハイトも35/29mmと控えめで、近年流行の40mm超えシューズに慣れした足には逆に新鮮に感じられるほどだ。
フィット感とアッパーの完成度
履き口からして「クラシック・マウントトゥコースト」と呼べる心地よさがある。ヒールカウンターとタングは十分にパッドが入り、ステップインした瞬間の夢見心地な包まれ感は、同ブランドの全モデルに共通する最大の魅力だ。
トゥボックスは広く、足趾が自然に広がる空間が確保されており、上り坂でのパワー発揮やトレイルでの微妙な足置き調整に貢献する。長時間走行時の腫れにも対応しやすい設計だ。一方でミッドフットは明らかに細めにシェイプされており、高ボリューム足や幅広足のランナーは注意が必要。実際に初回履いた際、アーチの位置がやや前方に感じられたが、走り始めるとすぐに気にならなくなり、ブレイクインで完全に足に馴染んだ。
デュアルレーシングシステムは、最初は「面倒くさい」と感じる人も多いだろう。しかしウルトラディスタンスを走るランナーにとっては、走行中に前足部とヒールロックを別々に微調整できるのは大きな武器になる。実際、筆者(レビュー動画基準)は下段のレーシングは一度締めたら触らず、上段だけを調整して快適に使い続けている。一般的には「なくても困らない」機能だが、あると確実に便利な部類だ。
ミッドソールの乗り心地が別次元
Circle Cellフォームの印象を一言で表すなら「PEBA級の反発を持ちながら、PEBAの2倍近い耐久性を持つ夢の素材」だ。
柔らかさとバウンスがありながら、過度に沈み込まない絶妙な硬度バランスが取れている。PEBA系スーパーシューズのようなポップ感がありながら、トレイルで足が埋もれるような不安定さがない。ロッカー形状も強烈すぎず、自然なヒール-to-トゥのトランジションを促してくれるため、ロードでの巡航が異常に気持ちいい。
実際の走行ペースで最も自然に落ちたのが4分40秒/km前後だったという事実が全てを物語っている。このシューズで「デイリートレーナーなのにこのペースが心地いい」と感じさせるのは、近年稀に見る体験だ。テンポランやインターバルには向かないが、イージーランからロングジョグ、ちょっとペースを上げたい日のショートトレイルループまで、驚くほど幅広く対応してしまう。
ロードでのパフォーマンス
正直に言おう。H1はロードで「本領発揮」するシューズだ。
2mmの浅いラグは舗装路では完全に消えてなくなる。まるでロードシューズを履いているかのようなスムーズな転がり感がありながら、グラベルロードに入っても「シューズが変わった感」がほとんどない。近年増えている「トレイル寄り70%」のハイブリッド(例:Pegasus Trail、Challenger ATRなど)と比べると、明らかにロードでの効率が一段上だ。
ロッカーも、H1は「ロードシューズにちょっとトレイル性能を足した」感覚で走れるため、ロードメインランナーがサブシューズとして選ぶのに最適だ。
ライトトレイル・グラベルでの実力
ここが最も重要なポイントだ。
2mmラグは「可愛い」としか言いようがない。しかし、それが逆に強みになっている。硬いグラベル、乾燥したダート、圧雪されたトレイルなら驚くほどグリップする。逆に泥濘、ルーズな下り、岩場が連続するテクニカルトレイルでは明らかに苦手だ。
しかし現実的に考えて、週末に近所の河川敷グラベルを10-15km走る程度の「現実的なトレイル」を走るランナーが大半だ。その層にとって、H1のトラクションは「十分すぎる」レベルにある。泥濘地で滑りまくるシューズにイライラするより、8割方のシーンでストレスなく走れるH1の方が、年間を通した満足度は確実に高い。
もしマウントトゥコーストが次回作でラグを3.5-4mmにすれば、完全無欠点シューズになるだろう。それくらい、現在のバランスが絶妙だ。
良い点
- カテゴリー最軽量クラス242gでこの反発性は異常
- PEBA級のバウンスを持ちながら耐久性が段違い(サステナブルも両立)
- ロードでの巡航効率が異常に高く、4分40秒/kmが「自然なペース」に感じる
- グラベル・乾燥トレイルでのグリップが想像以上に優秀
- 360°反射材で夜間安全性が高い
- ゲイターループ付きで砂利侵入も防止可能
- ステップインの快適さが全モデル共通で抜群
悪い点
- ミッドフットが細め(幅広足・高ボリューム足は試着必須)
- 2mmラグ故のテクニカルトレイル・泥濘地での限界
- デュアルレーシングが人によっては面倒
- アーチ位置が初回に違和感を感じる場合あり(ブレイクインで解消)
結論:これは「ロードランナーのためのハイブリッド」の完成形だ
マウントトゥコースト H1は、現在のロード・トゥ・トレイルハイブリッドカテゴリーにおいて、70:30(ロード寄り)というポジションをほぼ独占する存在になった。
「50:50を狙って中途半端になる」シューズが量産される中で、明確に「ロード7割」を宣言し、その領域で圧倒的な完成度を見せたことで、逆に隙のない製品に仕上がっている。
ロードメインで週末にグラベルや軽いトレイルを走るランナーにとって、これ以上ない選択肢が今、目の前にある。耐久性とサステナビリティを両立させたCircle Cellフォームは、今後数年で業界標準になる可能性すらある素材だ。
もしあなたが「トレイルシューズは重いし、ロードシューズだとグラベルで不安」という悩みを抱えているなら、H1は間違いなくその悩みを終わらせるシューズだ。
ロードランナーが求める「ちょっとした冒険」を、最高の快適さと効率で叶えてくれる──それがマウントトゥコースト H1の本質だ。