2025年12月6日、宮古海峡の南東約300km、第一列島線を越えた西太平洋の公海上空で、中国海軍空母「遼寧」搭載のJ-15戦闘機が、航空自衛隊のF-15Jに対し複数回にわたりレーダー(Radar)を間欠的に照射した事件が発生した。日本防衛省が公式に発表したこの事案は、一部メディアで「極めて危険な行為」「戦争行為に近い」「開戦一歩手前」と報じられ、注目を集めている。
しかし、実際に戦闘機を操縦し、海外機のインターセプト(迎撃任務)を経験した元米軍戦闘機パイロットたちは、この出来事を「ごく日常的な行為」「メディアが過大に騒いでいるだけ」と冷静に分析している。彼らは「自分たちも民間エアライナーからイラン機、時にはロシアのTu-95までロックした経験がある」と証言し、平和時のレーダー照射が即座に戦争行為には結びつかない現実を指摘する。
本記事では、事件の概要からレーダーロックの技術的背景、実際の軍パイロットがどう捉えているか、そしてこの出来事が示す東アジアの安全保障環境の変化まで、客観的な視点で詳しく解説する。
「The Mover and Gonky Show」チームとは?
事件の解説動画を公開したのは、元米軍戦闘機パイロット2人がホストを務めるYouTubeチャンネル「The Mover and Gonky Show」だ。視聴者数数十万人を抱える同チャンネルは、軍事航空のリアルな裏話を軽妙なトークで届けることで知られている。
- C.W. Lemoine ルイジアナ州出身。2006年に米空軍予備役に入隊。F-16、F/A-18(海軍交換勤務)、T-38Aを操縦し、現在は民間航空会社でボーイング787の機長を務める。警察ヘリ(OH-58/OH-6)パイロットとしても活動し、戦闘機小説シリーズ『SPECTRE』など12冊の著書を持つ。チャンネルのメイン顔であり、軍事・航空の幅広い話題をカバー。
- Gonky 元海軍F/A-18パイロット(レガシー・ホーネットからスーパー・ホーネットまで)。退役後はマレーシアで同国空軍への訓練教官を務め、帰国後は米海軍予備役→空軍予備役でアドバーサリー(仮想敵)パイロットとしてF-22相手に空戦訓練に従事。2025年に退役し、現在はエアバスA320の民間機長。海軍時代にMoverと知り合い、コンビを組むようになった。チャンネルでは現場経験に裏打ちされた辛辣かつ的確なコメントが人気。
この2人によるトークは、軍事オタクから現役パイロットまで幅広い支持を集めており、今回の事件解説動画も公開後すぐに数十万回再生を記録している。
事件の概要と日本政府の対応
2025年12月6日、中国海軍空母「遼寧」艦載機のJ-15が、宮古海峡の南東約300kmの国際空域で通常の警戒監視飛行を行っていた航空自衛隊F-15Jに対し、レーダーを間欠的に照射した。同じ日に2回、別のF-15に対しても同様の行為が確認されている。
日本防衛省はこれを「極めて危険な行為」と非難し、中国側に厳重に抗議。今回が中国軍機によるレーダー照射事案の初の公式公表事例となった。一方、中国国防部は「通常の飛行訓練を行っていたところ、日本機が繰り返し接近し妨害した」と主張し、レーダー照射の事実自体には言及していない。
火器管制レーダーとは何か? 技術的な基礎知識
戦闘機のレーダーは大きく2つのモードで運用される。
- 捜索モード(Search Mode):広範囲をスキャンし、複数の目標を探知・追尾
- 火器管制モード(Fire Control Radar):特定の1機を高精度で追尾し、ミサイル誘導に最適化された照射を行う
火器管制モードで照射されると、被照射機の警報装置(RWR)が「ミサイル発射直前のロックオン」と判断して警告を発する。そのため、相手にとっては心理的に強い圧迫感を与える。
ただし、元米軍パイロットが指摘するように、平和時には「正確な距離・方位データを取得するため」にロックをかけることは極めて一般的であり、必ずしも攻撃意思を示すものではない。
元米軍パイロットが実体験から語る「ロックオンは日常茶飯事」
元F/A-18パイロットの“Gonkey”氏はこう語る。
「私は民間エアライナーも、イラン機も、ロシアの爆撃機もロックしたことがある。国際水域で訓練中の空母に近づく機体があれば、当然ロックして正確なデータを取る。それが標準手順だ」
「もし日本側F-15がJ-15をロックしていなかったとしたら、そっちの方が驚きだ」とまで言い切る。
別の元パイロットも「レーダーロックはむしろ安全な合流(ランデブー)を保証する手段でもある。ロックしていた方が衝突リスクは減る」と補足。シミュレーター(DCS)でも同様の運用が日常的に行われていると指摘した。
なぜ今、このタイミングで公表されたのか
専門家が指摘する本質的な背景は以下の通りだ。
| 項目 | 中国側の意図・状況 | 日本側の懸念・意図 |
|---|---|---|
| 空母運用範囲の拡大 | 「遼寧」を含む空母打撃群の遠洋訓練を常态化 | 第一列島線を越えた活動への警戒感増大 |
| 訓練空域の重複 | 西太平洋での大規模演習を繰り返し実施 | 沖縄周辺での中国軍活動の常態化を問題視 |
| レーダー照射の公表 | おそらく意図的ではなく訓練中の慣行 | 「中国脅威論」を国内外にアピールする材料 |
| 政治的タイミング | 国内向けに海軍力の成果を示したい時期 | 日米同盟強化・防衛費増額議論の後押し |
多くの分析は「レーダー照射自体は軍事的には深刻ではないが、それを公表することで政治的・外交的なメッセージを発信している」と見ている。
類似事案:過去米軍が実際にレーダー照射事例
| 年月 | 空母 | 相手機 | 最接近距離 | 海域 |
|---|---|---|---|---|
| 2016年4月 | USS Harry S. Truman | ロシア Su-24 | 50-100km | 地中海 |
| 2018年2月 | USS Theodore Roosevelt | ロシア Su-35 | 80-150km | フィリピン海 |
| 2018年9月 | USS Ronald Reagan | 中国 J-11 | 74-130km | 日本海近海 |
| 2022年6月 | USS Ronald Reagan | 中国 J-16 | 50-90km | 南シナ海 |
米軍は50〜100kmゾーンで非友好機にロックオンをかけることを「日常的な抑止行動」と位置づけており、一切問題視されていない。
国際法・国際慣行から見た評価:双方の接近と中国の配慮
この事件では、日本機が中国艦隊の訓練区域に最短50kmまで接近したことが、双方の主張から認められている。この距離は、戦闘機のインターセプト任務において極めて近い部類に入り、米軍の運用基準でも「ファイアコントロールロックオンが当然発生する距離」である。以下に、国際法および慣行の観点から客観的に評価する。
- 公海上の軍事活動の自由:国連海洋法条約(UNCLOS)第87条では、公海上の航行・飛行の自由が保障されており、軍事活動を含むあらゆる平和的活動が完全に自由とされている。本事件の舞台は西太平洋の公海上の国際空域であるため、中国の空母訓練自体に法的問題はない。
- 事前通告義務の不在:実弾を使用しない空母離着艦訓練(Carrier Air Wing Operations)に対しては、国際航空法(Chicago Convention)や慣行上、NOTAM(Notice to Airmen)の発行義務はない。これは、軍事訓練が民間航空の安全を直接脅かさない場合に適用される原則である。中国側は任意で無線通告を実施し、日本側が受信確認したことが確認されており、国際慣行上、十分以上の配慮を示していると言える。
- 接近距離とロックオンの文脈:50kmという距離は、視界外戦闘の時代において、監視・識別のためのロックオンが標準的に行われる範囲である。米軍のRules of Engagement(ROE)でも、同様の状況で非友好機に対する火器管制レーダー使用が「ホスタイル・インテント(敵対意図の示唆)」として許容されるが、「ホスタイル・アクト(敵対行為)」には該当しない。両者の接近は、互いの監視活動の結果であり、どちらか一方の「妨害」ではなく、日常的な摩擦として解釈可能だ。
結論:軍事的には「日常」、政治的には「警鐘」
元米軍パイロットたちの見解をまとめると、以下の通りだ。
- レーダー照射自体は平和時のインターセプトでは極めて普通の行為
- 攻撃意思があった証拠は一切なく、訓練中の慣行の可能性が高い
- メディアや一部政治家が「火器管制レーダー」という言葉を使って危機感を煽っている
一方で、中国海軍が空母打撃群を第一列島線を越えて常態的に展開させている事実は、東アジアの安全保障環境が確実に変化していることを示している。日本がこのタイミングで公表した背景には、そうした構造的な変化への警戒感がある。
軍事的には「大したことではない」が、政治的・戦略的には「無視できない事象」——それこそが今回の事件の本質と言えるだろう。
今後、中国空母の西太平洋展開がさらに頻度を増す中で、同様の「猫とネズミの追いかけっこ」は繰り返されるだろう。そのたびに「戦争一歩手前」と報じられるか、それとも「日常の摩擦」として慣れていくのか。地域の緊張度を測るバロメーターとして、今後の動向に注目が集まる。
(参考:米軍元パイロット、「The Mover and Gonky Show」公開情報)
